アナ・アスラン物語

序章

ジェロビタール化粧品はどのようにして生まれたのか 。 また 、 その生みの親 「 アナ・アスラン 」 とはどの様な人物なのか 。
この連載企画では 、 ルーマニア国立老人医学研究所の協力を得て 、 アナ・アスラン博士の人となりをお話ししながら、
ジェロビタール化粧品の奥深き魅力をご紹介していきます 。

第四章 〜「98歳の現役壮年」〜

ルーマニア国立老人医学研究所の機関誌「老人病学と長寿学」に発表された、アナ・アスラン博士のジェロビタール治療追跡研究は、ジェロビタール治療の効果について、興味深い実例が盛沢山なレポートとなっています。その中からいくつかの例をみていくことにしましょう。

98歳(1983年当時)で、すこぶる健康的な男性H・V氏は現役時代、哲学者・言語学者として活躍していたが、98歳となってからも、ドイツ語やフランス語を翻訳し、執筆のためにタイプライターを叩いていたという。家族構成をみると、父親は肺炎で早く死んでいるものの、母親は97歳、祖母は80歳、妹は90歳まで生きており、もともと長寿の家系である。

しかし彼自身は、若い頃からずっと都市環境の中で生活し、酒もタバコもやった。50代の頃関節リュウマチにかかったのをはじめ、60代にはパラチフスで入院、70代に気管支肺炎を患っている。そんなH・V氏は1969年に、ジェロビタール治療を開始した。40歳を100とした身長の収縮率をみると、通常同じ期間に平均4cmは縮んで行くにも関わらず、彼は1cm弱とあまり縮んでいない。また、体重は通常60歳を100とした場合、95歳で100に減るが、彼は80歳で117、90歳で117.5、そして95歳で106.7という結果であった。

人間は老齢になると骨格を含めて縮むといわれるが、ジェロビタール治療を受けたH・V氏は細胞の減少と老化が抑えられ、賦活作用とあいまって、壮年時の状態を98歳まで維持していたことになる。さらに1976年当時、完全に脱色して白髪になっていた毛髪が1983年にはその大半が、ブラウン系の黒髪にかわっていたのである。また、98歳の皮膚にはシワやシミひとつなく、つやつやとしており、特に老化が現れやすい首筋は、まるで青年のように美しかったという。

さらに驚くべきはその記憶力で、1979年当時の検査では「良」であったものが、1982年には「最良」と逆にアップしてしまっていた。その他、筋力、握力も壮年時代と同じレベルを維持しており、ジェロビタールH3治療の画期的な効果が、ここに実証されているのである。

つづく第五章はコチラ

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