アナ・アスラン物語

序章

ジェロビタール化粧品はどのようにして生まれたのか 。 また 、 その生みの親 「 アナ・アスラン 」 とはどの様な人物なのか 。
この連載企画では 、 ルーマニア国立老人医学研究所の協力を得て 、 アナ・アスラン博士の人となりをお話ししながら、
ジェロビタール化粧品の奥深き魅力をご紹介していきます 。

第六章:〜「車椅子よ、さらば」〜

マリア・ケイナネン夫人が初めて、ブカレストの国立フローラホテルクリニックを訪れたのは76歳のとき。祉会保障制度が充実し、さまざまな福祉行政がゆきとどいている、北欧はデンマークのコベンハーゲンに住む彼女は、十分な年金を受けつつ長女夫婦と同届し、孫にも囲まれて、豊かな老後を送っていた。しかし、2年前ほどから神経痛と悪性関節炎にかかり、一流の公立病院や専門病院を訪れたもののはかばかしくなく、有名なスウェーデンの病院でも治療を受けたが回復せず、車椅子の生活を余儀なくされてしまった。

そんなある日、娘婿が雑誌でジェロビタール治療のことを知り、娘と共に彼女にルーマニアへ行くことを強くすすめた。北欧中の有名な病院へ行ってもダメだったのだからと、あきらめていたケイナネン夫人も、娘夫婦の熱心な説得により、婿に付き添われ車椅子でルーマニアの土をふんだのであった。フローラホテルクリニックに宿泊して精密検査を受け、翌日から予備治療がはじまった。婿は1週間だけ滞在したが仕事の都合もあり、完璧な看護体制が敷かれているので、全く心配ないという判断から、義母を残しコペンハーゲンへ帰っていった。

国立老人医一学研究所副所長(当時)のバラチアヌ・ストルニチ博士以下スタッフは、同研究所のコンピュータに入ったケイナネン夫人のカルテを綿密に検査した。その結果、神経痛と悪性関節炎はもちろん、リュウマチがあることや、やや高血圧で血行障害もあることが判明した。老人特有の細胞、筋肉、血管などの老化と脆弱化がケイナネン夫人の身体を蝕んでいたのだ。同研究所の指示により、フローラホテルクリニックのロディカ・ペペネル博士は、ジェロビタールH3の注射と投薬による治療を開始すると共に、電気マッサージで血液循環と代謝活動の促進をすすめ、筋力の強化と関節痛の緩和などの治療も行った。この国の伝統的な温泉療法、薬草治療も併用された。

1ヶ月余りの滞在でケイナネン夫人の身体はすっかり生気を取り戻した。はじめの頃、車椅子から抱きかかえられるようにして入浴治療を受けていたが、やがて手すりを使って自力で動けるようになり、痛みのあまり、時として夜熟睡できなかた筋肉・関節痛も少しずつ薄らいでいったのであった。

つづく第七章はコチラ

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